その昔、藤原真人がこの地方に流浪し「柳が島」に住んでいました。真人は土地の娘をめとり双児の兄弟をもうけました。
名を兄が四郎長磨、弟を六郎寿磨と名づけたといいます。
ある日、真人は狩猟の途中、湯川のほとりにさしかかった時、岩の間より盛んに噴き出している熱湯を偶然に発見したのです。
試みに入ってみたところ、神気爽快、四肢軽快今までの労れもすっかり治ってしまったので大変驚き、また喜びました。
その後、真人は険しい山の中に道を開き、湯つぼを造るなどして、「近隣に隠れた名湯あり」とまで諸村に伝えられるようになりました。
文武天皇の慶雲二年(西暦七○五年)三月のことでありました。
これが、西山温泉の起源と伝えられています。
医薬品らしいもののなかった往古の時代、病弱に苦しむ人々は無理をおしても集まり、
西山温泉に入浴する人の数は年ごとに増えるようになっていきました。
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